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kept.place

言いかけてやめ、「涼しい、いい秋だ」とだけ言う

9月8日、23時58分。

またウェブサイトをいじった。作っている間は少しいらいらした。ここ数日、ずっと気分があまりよくなかったからかもしれない。

まあ、今は寛容になった。いや、寛容というのも違う。私を傷つける人がいるわけでも、私を不満にさせることがあるわけでもないから。私は生活の円満さを見ている。すべては動き続けていて、私はその動きを見に来たのだ。

私はまだ、心を置ける場所を探している。自分は肉体ではなく、特定の誰かでもないと気づいたからだ。肉体に魂が宿るように、私の魂を宿してくれる物が必要なのだ。

これは偉大な瞬間だと思う。生活の真実に触れる機会があるから。そして、この感覚は特別なものだからこそ、私はまた忘れることもできる。だから今、この偉大な状態の中で、自分の生活を選べるのだ。

今は9月9日の夜11時。今夜の風は少し涼しくなった。この記録の真ん中は今日書き、前と後ろは昨日書いた。どちらも残しておきたい。きっとうまく溶け合うだろう。

誰かがこう言うのを聞いた。どこかへ行きたいのなら、そこへ行く方法は一つしかない。今はそこにいないことだ、と。少し回りくどい。でも生活には、「そこにいる」と「そこにいない」、そしてその間にある私たちの曖昧な意識がある。自分はそこにいないと思うから、探し続ける。そこにいたいと願う。でも、いつか辿り着きたいと願う時点で、今はそこにいないと認めている。私たちが生きているのは今なのだとしたら、その願いは永遠に届かない。