AIとの歩み
二〇二二年、OpenAIがGPT-3.5を公開した。当時の私はまだ大学生だった。そして今、私はOpus 5.5を使って仕事の問題を解決している。AIの発展はあまりにも速いけれど、私たち人間が受け入れるのも速いので、大きな変化を感じないようにも見える。でも、ほんの数年前まで、私たちはいろいろなブラウザで調べものをするのに慣れていて、ポスターも自分の手でデザインしていた。AIの音楽もAIの映画もなかった。今日数分で作ったものが、数年前に何日もかけて作ったものより美しいかもしれない。生産力が変わり、生み出すものの価値もそれに伴って変わっている。
AIはまず頭脳を育てた。人類の膨大なデータ、詩や小説、論文や報道、さらにはネット上の口げんかまでをもとに、文の中でそれぞれの言葉が現れる確率を推測する。改良を重ねるうちに、人間には身につけがたい知識を身につけ、その知識の上に、私たちがまだ手にしていないものを見つけにいく。
次は両手だ。実は、ずっと前からウェブサイトを作りたいと思っていた。高校生のとき、WordPressで自分のページを大まかに作ったことがある。コンピューターのことも仕組みもわからず、資料を見ながら少しずつ作っただけだった。やがてAIが現れ、わからないところは直接聞けるようになった。こちらの意図を取り違えて的外れになることもよくあったけれど、知識の幅は広く、ウェブサイト作りについて多くを学んだ。
二〇二四年、Cursorを使うようになって、私は両手を手に入れた。プログラマーの両手だ。これも正確さに欠けることがあり、私は相変わらず仕組みをわかっていなかったけれど、それを使って自分のサイトの構造を変えられるようになった。大きな自由を得た。それまではチュートリアルに従うか、用意されたテーマを少し調整するしかできなかったのに、今は自分の考えを形にしてもらえる。時間もずいぶん節約できた。少なくとも、手の届く範囲のことはうまくやってくれるし、届かないところは自分でやればいい。
そのあとAIは両脚を持った。つまりエージェントだ。自由に歩き回り、自由につながることができる。まるで島と島を結ぶ橋のように、A島の綿をB島へ運び、冬の服を作る。もう自分であちこちをつなぐ必要はない。指示を出して、さまざまなサイトやプラットフォームのあいだに橋を架けてもらえば、それらがプラットフォームをまたいで協力し、私の両手を完全に自由にしてくれる。
はは、今日はここまでにしよう。それにしても、AIの発展は本当に速い。さまざまな仕事が置き換えられていくのも当然だ。生産のあり方が進歩するにつれて、教育も時代に合わせて変わらなければならない。専門家になることはもちろん大切だけれど、これからは、もっと広く育てるべき資質があると思う。